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日産オンリーのタクシー会社=ダットサン研究会

 今回は「日産オンリーのタクシー会社=ダットサン研究会」を書こうと思います。


 ダットサン.jpg


 車好きには色々なサークル的な物が有りますが、この「ダットサン研究会」は構成メンバーが少々違う様で、メンバーは東京のタクシー事業者のなかで日産車両を使用する会社と販売会社が作る親睦団体のようなものです。


 ですが、近年、ダットサン研究会のメンバー会社の中にもジャパンタクシーを購入する会社が増えていて、日産オンリーなタクシー会社は「互助交通有限会社」という会社です。


 ですが、2021年に日本交通株式会社が、本社が東京都墨田区に有る互助交通有限会社の営業権を、日本交通の子会社である株式会社ワイエム交通(にて譲渡譲受する認可申請を2021512日付で行いました。今後申請の認可が下り次第、運営を引き継ぐ様で、現在、本社は解体済みだそうです。


 なので、「ダットサン研究会」の中で日産オンリーの会社は日交に買収だれただけで、令和5年6月23日にダットサン研究会の総会が、椿山荘にて行われた様なので、「ダットサン研究会」はまだ存在している様です。


 このままでは文章の尺が足りないので(笑)なので、wiki先生によると、ダットサンの由来は日産自動車の源流で、1914年(大正3年)に完成した乗用車には、支援者であった田健治郎、青山禄郎、竹内明太郎のそれぞれの頭文字であるDATと、逃げるウサギのように非常に速いことのたとえである「脱兎(だっと)のごとく」にかけて、脱兎号(DAT CAR)と名づけられたそす。


 なので、この時点ではダット自動車製造の「DAT」でしたが、ダット自動車製造は、軍用保護自動車を製造する傍ら、1929年(昭和4年)頃から後藤敬義技師を中心に小型乗用車の試作を開始し、1930年(昭和5年)に試作車が完成し、車名を「DATの息子」の意味のDATSON=ダットソンとしたそうで、DATの定義は、Durable(耐久性がある)、Attractive(魅力的な)、Trustworthy(信頼できる)、に改められたそうで、この時点ではDATSON=ダットソンでしたが、1932年(昭和7年)には、DATSON“SON”が日本語の「損」に聞こえ縁起が悪いということから、英語で同音のSUN(太陽)に変え、DATSUN(ダットサン)と改称したそうです。


 又、「ダットサン」はブランドと同時にトレードマーク(商標)でもるので、車名(車検証等に記載)にも使われ、市場によっても使い分けがあり、たとえば日本では「サニー」のペットネームで販売された乗用車も米国市場では「ダットサン」ブランドが付されていたそうです。


 なので、その米国市場ではメーカー名の「NISSAN」よりも何倍もの認知があったにもかかわらず、1981年(昭和56年)に当時社長のにより、「DATSUN」ブランドが順次廃止されることとなったそうです。


更には、アメリカでは1969年に発表したフェアレディ240がアメリカではダットサン240Zとされ、2019年に至るまで最も売れたスポーツカーとしてその名を残し、通称ダットラで親しまれたダットサントラックは米国日産の屋台骨として、人々に重宝され、愛されたそうです。


 日産.jfif


 240Z432Z・・・・懐や~(^_-)-



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